ありがとう AGOBAC 3号車
Team AGOBACの歴史において最も長く活躍してくれた3号車についに引退の時が来ました。
2003年デビュー以来2005年10月の学連戦まで、実に3シーズンを戦い続けました。
そして、2003年のKCOC最終戦、12時間を走りぬけAGOBACに初優勝をもたらしたメモリアルマシン。
数々の思い出とともに・・・・・・ありがとう3号車。
必要なパーツを外されて、ついに引退を迎えた3号車。
最後のレースは2005年10月の学連戦。
その時のゼッケン51番。
追突事故により破損交換したラジエータの不調からオーバーヒートぎみのエンジンが悲鳴をあげながらの7位完走。
ゴールのチェッカーを受けパドックに戻ってきたと同時にエンジン停止。
2度と息を吹き返すことはありませんでした。
最期までトラブルに見舞われながらも完走を果たす強運のマシンでした。
AGOBAC3号車 メモリアルアルバム
2003年の第5戦にデビュー。
AGOBACテクニカルディレクター(技術担当)の御大さまが自宅ガレージでコツコツと製作。
スタート1時間目でパワステポンプの焼きつきでファンベルトまで切断のトラブルに見舞われながらも完走を果たす。
2003年の最終戦12時間耐久レース。
ビギナークラス優勝を果たしたAGOBAC3号車。
2004年シーズンは4号車の登場で3号車は温存。
出場レースでは好調に完走を続ける。
しかし、満を持しての12時間耐久は7時間目にナックルが外れて無念のリタイヤ。
2005年シーズンには、再びメインマシンに復帰。
しかし3年目のシーズンはマシンには厳しかったか、毎戦レース中にトラブルに見舞われる。その度に修理を行い、完走を果たす。
2005年の第6戦。学連戦の直前でもあり、自動車部学生と合同で参戦。雨荒天短縮となったラスト30分過ぎに新コーナーで転倒。
AGOBAC監督を激怒させた学生の「大したダメージではないです」の言葉通り?凹んだルーフを修正しフロントガラスを換えて05年の学連戦に出場。
事故による赤旗停止中の前車に追突し、ラジエーターを破損しながらも緊急修理を行い完走を果たす。
チェッカーを受けてパドックに戻ってきた3号車。
停車した瞬間にエンジンはストップ。
そして2度と息を吹き返すことはありませんでした・・・・・・。
チームの成長を共に歩んできた3号車。
本当にありがとう。